印刷
ページID:51057
更新日:2024年3月19日
ここから本文です。
奥藁科
中勘助文学記念館
「銀の匙(さじ)」の作者である中勘助が、静養のため移り住んだ旧前田邸を記念館として整備し、杓子庵を復元しました。
一般開放しているほか、歌会・句会など文化活動にご利用いただけます。
(和室8畳×2室、10畳×1室、7畳半×1室)
【中 勘助 (なか かんすけ)】 (明治18年(1885)から昭和40年(1965))
小説家、詩人、随筆家。
中勘助は、大学卒業後処女作となる「銀の匙」を書き上げました。大正2年に夏目漱石の閲読を乞い原稿を送ります。「銀の匙」は、漱石の意見を得て、若干の手直しがなされたあと、漱石の推薦により東京朝日新聞に連載され、中勘助は作家として認められることになりました。また、「銀の匙」の後編となる「つじまがり」も同様に漱石の推薦により東京朝日新聞に連載されています。
中勘助と静岡
昭和18年10月、安倍郡服織村新間字樟ヶ谷に静養のため移り住むようになりました。(前田家の離れ 現在の杓子庵) また、昭和20年3月には服織村羽鳥へ移り住み終戦を迎えました。中夫妻は一時服織村への永住を考えましたが、昭和23年4月に静岡を後にし東京へ戻りました。中勘助の作品の中には、羽鳥を題材にしたもの(「鶴の話」「ひばりの話」「鶯の話」「白鳥の話」など)や帰京後羽鳥を題材にしたもの(「樟ヶ谷」「羽鳥」「村の酵母」「わらしな川」など)など転地静養中の思い出が描かれています。その後も、服織中学校の校歌の作詞、手紙のやり取り、文学碑「風のごとし」の建立など羽鳥の人々との交流は続き、幾たびも羽鳥の地を訪れました。
(静岡市文化振興課ホームページより)
基本情報
住所 |
静岡市葵区新間1089-120 |
---|---|
電話番号 |
054-277-2970 |
営業時間 |
午前10時から午後5時 |
定休日 |
月曜日(祝日の場合を除く)、祝日の翌日(土曜日・日曜日の場合を除く)、年末年始(12月26日から1月5日) |
入場料・利用料 |
無料 |
その他 |
見学のみの場合は予約不要。施設利用の場合は15日以上前に中勘助文学記念館へ利用申請が必要。 |
目的
歴史・文化
設備
駐車場
情報
トイレ
要予約