消防団の起源 印刷用ページ

最終更新日:
2019年4月1日
 江戸時代の幕府は、頻繁に発生する火災に対処するため、旗本を使った「定火消」や大名に命じた「大名火消」といった火消しを常設しました。しかし、これらの火消しは、もっぱら江戸城や武家屋敷を重点とした消防組織であったため、一般町民が住む地域での火災にはあまり役立ちませんでした。
 そこで、当時の南町奉行であった大岡越前守は、「町人は町人の手で家屋敷を守る」という発想から、「町火消」を組織しました。この町火消は、鳶職や大工といった生業を持つ人々で構成され、いったん火災が起これば火消しとして消火作業に従事するという、現代の消防団の土台となる組織でした。明治時代になり、「火消」という呼び名は「消防」という名前に改められ、「町火消」も「消防組」という新しい名前に生まれ変わりました。その後、大戦の時代には、「警防団」という呼び名のもと防空監視や空襲下の救援活動などにも従事することとなりましたが、終戦後の昭和23年「消防組織法」が施行され、市町村長が管理する「消防団」という組織が確立されたのです。
 江戸時代の町火消から、消防組、警防団、そして消防団と300年余りの時代を経ても、「自らのまちは自らで守る」という崇高な精神は、現在でも脈々と受け継がれています。
纏振りの写真
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