下水道事業の沿革 印刷用ページ

最終更新日:
2019年4月1日

●下水道事業の沿革


 平成17年4月1日、静岡市は全国で14番目の政令指定都市となったが、平成16年度末現在における静岡市(7処理区)の管きょ整備面積は7,229haで、行政人口に対する下水道普及率は70.1%と政令市の中でも最も低く普及拡大が最優先課題である。
 平成17年度は、平成15年度より2ヵ年で策定した新市全体計画に基づく事業認可の変更や、合流式下水道改善計画を事業認可へ位置付け、雨天時の公共用水域への汚濁負荷軽減に取り組んでいく。
 また、各処理区の面整備拡大を進めると共に、施設老朽化に伴う改築方針基礎調査及び、計画的かつ効率的な改築更新計画を策定する。
 中島浄化センターを基地とする汚泥集約施設の建設は、平成17年度高松浄化センターからの汚泥圧送を開始する。


 葵区・駿河区(旧静岡市)の沿革 | ◆清水区(旧清水市)の沿革


 

◆葵区・駿河区(旧静岡市)の沿革

 葵区・駿河区の下水道事業は、大正10年に調査を始め、大正12年2月に事業認可を得て、翌13年8月に第1期事業に着手した。
 当時の市街地は、排水路が未整備であったため、大雨のたびに雨水があふれ、浸水対策上はもちろん、環境衛生上からも下水道の早期整備が望まれていた。
 第1期事業は、葵区中心市街地186haの下水道整備を行い、昭和4年3月に竣工した。第2期事業は、昭和6年8月、第1期区域の外周部215haにおいて事業着手し、昭和13年3月に竣工した。
 また、同年には市街地の拡大に伴い、第3期事業として既設区域の外周部の下水道整備に着手したが、昭和15年の静岡大火、昭和20年の戦災等により事業は大幅に遅れ、翌21年、ついに第3期事業は打ち切りとなった。昭和27年、公営企業法の適用と同時に、公共下水道事業として再開され、昭和35年11月、高松浄化センターの供用開始により水洗可能都市となった。
 また、市街地北東部の城北処理区は、昭和38年8月に事業認可を得て事業に着手し、昭和52年4月に城北浄化センターが稼動し、同処理区約174haが供用開始した。
 駿河区においては、昭和51年12月に中島処理区として639haの認可を得て事業の促進に努め、昭和60年10月に中島浄化センターの1/8系列が稼動し、同処理区約305haが供用開始した。平成16年2月には新エネルギー導入の一環である風力発電施設が完成し、同浄化センターへの一部電力供給を開始した。更に、水処理施設の上部には人工芝多目的スポーツグラウンドの建設を行い、平成16年度より一般開放し地域社会貢献の一助となっている。
 安倍川以西の市街地については、平成4年6月に長田処理区として都市計画決定を行い、平成6年5月に認可を得て、同年度より管きょ工事に着手した。翌7年度から長田浄化センターの建設に着手し、周辺地域の管きょ整備と共に、平成14年6月、4/11系列が稼動し、同処理区約291haが供用開始した。
 藁科川以北の服織地区については、平成14年1月、中島処理区へ統合するための都市計画決定を行い、翌15年8月に認可を得て、平成16年度より工事に着手した。平成17年度は幹線の安倍川横断に着手し、平成19年度の供用を目指している。
 更に、流域下水道として、旧2市を流れる巴川流域を中心とした静清流域関連公共下水道(静清処理区)については、平成3年4月に認可を得て、同年度から管きょ工事に着手した。平成9年6月には、県が建設を進めてきた静清浄化センターの1/8系列が完成し、同処理区約19haが供用開始した。
 一方、浸水防除を目的とした雨水きょ整備事業は、昭和45年の都市計画法の規程に基づき昭和47年に静岡市総合排水計画(雨水計画)が策定された。昭和48年に国の「河川と下水道との管理分担区分」の通達を受けて、雨水管理分担区分を定め、市街化区域内の雨水防除を目的に都市下水路事業として整備を行った。その後、静岡市の整備方針となる静岡市都市下水路条例が昭和54年3月20日に公布された。
 しかし、年々国の公共下水道区域内における都市下水路事業の採択基準が厳しくなり、平成8年度の中核市指定に合わせた機構改革により、都市下水路事業は市長部局所管から、公営企業下水道事業会計に所管替えした。
 以降、公共下水道事業認可区域内を国庫補助の雨水きょ整備事業、認可区域外を県費補助の都市下水路整備事業として整備し、現在認可区域内の都市下水路は全て雨水幹線に位置付けられている。
 また、自然流下での雨水排除が困難である中島、下川原地区にはポンプ場が建設され、中島雨水ポンプ場は昭和57年12月に、下川原雨水ポンプ場は平成11年4月に完成し浸水被害の軽減に大きく貢献している。更に、平成15年10月に静清処理区(川合、沓谷、大谷川右岸排水区)の事業認可を得て、現在は静清処理区の浸水被害が大きい地区を重点的に整備している。

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◆清水区(旧清水市)の沿革

 清水区の下水道事業は、昭和30年11月に事業認可を得て、昭和31年4月より着手した。市中心部228.6haについて雨水対策と併せ、ポンプ場や管きょの整備を進め、昭和47年に南部浄化センターが供用開始し、水洗可能となった。
 その後、高度経済成長による産業活動の進展や生活様式の多様化に伴い、公共用水域の水質汚濁が環境保全上の大きな問題とされ、水質保全の観点から本格的な処理計画を定め、昭和50年の第5次変更認可において、それまで1つであった処理区を分割し、南部処理区及び北部処理区とした。そして、昭和56年に北部浄化センターが供用開始となり、巴川流域周辺のみならず、市街化が進展している地域についても水洗化が可能となった。
 平成元年には、静清流域下水道及び関連公共下水道静清処理区が都市計画決定され、有度、高部、飯田地区及び興津地区において整備が進められ、平成9年6月、静清浄化センターが稼動し同処理区約308haが供用開始した。
 一方、周辺市街地における雨水の浸水被害が深刻な地域については、公共下水道の雨水きょや都市下水路事業の整備を行っている。特に低地の多い三保地区では、三保都市下水路事業として、全体計画面積135haのうち約126haについて認可を得て、昭和48年より整備を進め浸水被害の解消を図っている。現在、整備は104haが完了し、三保ポンプ場では雨水排水ポンプが3台稼動しているが、事業は平成14年度より休止している。平成17年度、三保地区を認可拡張することで静岡市の都市下水路は全て雨水幹線に位置付けられる。


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