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更新日:2024年2月15日
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駿河塗下駄
起こり
江戸時代、東海道の中心だった静岡では、各地の流行が伝わり、色々な履物が作られていました。
駿河塗下駄は、明治20年(1887年)、下駄職人の本間久次郎が、当時安価な消耗品扱いの下駄作りに疑問を持ち、漆塗りを施した高級塗下駄を開発したことが始まりです。これが東京で好評を博したため、安倍杉材を用いて量産化を図り、清水の下駄問屋「三島屋」に納入・地方出荷すると、全国的な流行となりました。特に、漆や蒔絵で絵柄を施した女性用下駄は大ヒットしました。
産業としての発展
明治30年以降になると、木地職→漆塗師→蒔絵師と、各工程を職人が分業するようになります。
明治45年(1912年)には、三島屋二代目の井上半蔵が、清水区築地町に「清江下駄株式会社」を創立し、機械力による大量生産を始めました。大正時代には最盛期を迎え、圧倒的な生産量と技術力から、塗下駄といえば静岡と言われるまでに成長しました。
現在、駿河塗下駄は、静岡県郷土工芸品(外部サイトへリンク)に指定されています。
→駿河塗下駄の詳しい歴史について(PDF:72KB)(PDF)
→本間久次郎と井上半蔵について(PDF:104KB)(PDF)
特徴
駿河塗下駄の特徴は、漆塗り、蒔絵などで施される艶やかな色彩とユニークなデザインです。
この装飾技法には、駿河漆器の「変わり塗り」の技術が応用されています。きっかけは、第一次世界大戦によって駿河漆器の輸出が滞り、多くの漆器職人が駿河塗下駄づくりに転職したことです。職人たちは、前職の技術を、様々な趣向を凝らして駿河塗下駄に取り入れました。
下駄を履く機会が減った現在では、モダンなデザインから、インテリアやギフトとしても人気です。
静岡の名工
静岡市では、伝統工芸の職人として優秀な技術を有し、産業の発展と技術の継承に顕著な功績を持つ方を、「静岡市伝統工芸技術秀士」として指定しています。駿河塗下駄の職人で指定を受けているのは、以下の1名です。
佐野成三郎 氏 作:桐大角 沈金彫 鳳凰
駿河塗下駄を購入したい方へ
駿府楽市では、店頭で様々な工芸品、特産品、土産物を取り扱っています。
場所:静岡市葵区黒金町47番地JR静岡駅ASTY西館
電話:054-251-1147
詳しくは、駿府楽市ホームページへ
駿府楽市(外部サイトへリンク)
駿府楽市