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更新日:2026年6月25日

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長沼滋雄議員の質問への答弁概要

目次

静岡新聞の報道をめぐる市長の議会発言について

質問と答弁の概要

質問:清水庁舎の移転をめぐる12月4日記者会見での市長の「市民の意見を聞く問題ではない」との発言を報じた新聞記事について、市長は2月議会で「静岡新聞の記事は誤っている」と述べたが、記事の内容はどのように事実関係が違ったのか。

 2025年12月4日の市長定例記者会見での発言の趣旨は次のとおりです。

「人口20万人規模またはそれ以下のまちで人口減少に苦しんでいる場合、その解決には、国も示しているように、まちの中心部に公共サービスを集め、ネットワークやそこへのアクセスを充実させる、という考え方が全国で進められている。それは、市民の皆さんの意見を聞いて違う考え方でやろうという話ではなく、そこは市民の皆さんの意見を聞く問題ではなく、行政が行政のプロとして実施すべきことである。」と申し上げました。

この考え方は、国土交通省が2014年に発表した「国土のグランドデザイン2050」でも示されているコンパクト+ネットワークの考え方です。

この考え方の背景は、地方の都市の人口が今後減少していくことにありますが、人口減少がさらに加速している今日においては、この考え方は「都市計画のあり方としては適切である」との十分な社会的評価を得ていると認識しています。

よって、私は会見において「駅を拠点としたまちづくりについては、市民の意見を聞く問題ではなく、行政が都市計画のプロとしてやっていかなければならない話」と述べました。

すでに良い政策であると社会的に評価されているので、「まちづくりの拠点を主要鉄道駅にする問題」と「個別の施設である庁舎について移転新築か現位置改修のどちらがよいのかという選択の問題」は別の問題であることは明らかです。

この発言に対し、静岡新聞の記事では「清水庁舎移転で難波市長」「市民の意見 聞く問題ではない」という見出しで掲載されています。新聞記事においては、読者は見出しで一つの印象を受け、その印象のもと、その後の記述を読むことになります。その後の記述においては、「清水庁舎の移転建て替えを巡り、『市民の意見を聞く問題ではなく、行政が都市計画のプロとしてやっていかなければならない話』と述べ、現行の計画通りに進める考えを示した。」と掲載されています。

この記事は「巡り」という言葉や引用を示す「 」のつけ方で、 巧妙な表現がされているので、私が「清水庁舎の移転は市民の意見を聞く問題ではない」と言っていないことを、記事を編集された方は充分認識していると思われます。しかし、この見出しと内容を読んだ人は、「清水庁舎の移転建て替えについて、市長は市民の意見を聞く問題ではなく、行政が都市計画のプロとしてやっていかなければならない話」であると言ったと認識する可能性は高いと思います。したがって、記事の内容は私の発言の内容と明らかに異なります。

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質問:同議会で、「静岡新聞に抗議した」と発言しているが、どのような抗議をしたのか。それに対して静岡新聞側の対応はどうだったのか。

先の答弁のとおり、記事の内容は市民に事実とは異なる認識を与える懸念があったため、会見録を添付し、記事の訂正を要望しました。

これに対して、新聞社による記事の訂正はありませんでした。

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質問:一般に言論の自由、出版の自由は、多くの市民の基本的人権を守る民主社会の基盤であるが、市長は報道を委縮させたい意図があるのか。あるいは、そのおそれがあるとは考えないか。

まず、事実と、言論は異なることを認識することが必要です。

事実は、正確に伝え、伝わることが必要で、報道機関も、現場の記者さんもそれは重視していると思います。私は、事実に誤りがあるとき、あるいは発言の一部分のみを伝え、それによって、話の内容という事実が事実とは異なる形で伝わった場合は、「そこは事実と異なります」と、報道した主体に伝えるようにしています。

言論とは、論を言うことであり、個人や組織が自らの考えや意見、見解を公に表明することです。私は、個人や組織がどういう考えや意見を持つかは自由であり、言論の自由は重要な権利と考えています。よって、報道機関の考えや意見に対して何か言うことはありません。

しかし、私は、事実と異なることについては、 「それは事実と異なっている」と述べます。それは、市政の責任者として当然のことだからです。それは言論の自由を侵害するものでないことは明らかだと思います。 

次に、委縮とは何か。国政等で指摘されている委縮とは、行政機関が持つ許認可や監督といった権限を背景に、その権限の影響を受ける立場にある者が、不利益な対応を受ける可能性があることを意識することにより、行動や発言を自ら控えてしまう状態になってしまう、というものです。

例えば、放送法に基づく許認可、あるいは補助金の交付などのように、行政が他者に権限の行使によって影響を及ぼす関係性がある場合において、そのような委縮が生じることはあり得るものと認識しています。

 

 報道機関の取材活動や報道内容については、市長は、許認可や監督といった権限を有していません。よって、私の行動が報道機関を委縮させることはないと認識しています。

 その上で、長沼議員の「市長は報道を委縮させたい意図があるのか」というご質問ですが、私の行動を見て、長沼議員は「私が報道機関を委縮させたい意図がある」とお感じのようですが、なぜ私の行動が、「報道機関を委縮させたい意図がある」という、私が言論の自由に対し悪意を持っているかのようにお感じになられるのか、私には到底理解が及びません。

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